レポート

 

【はじめに】

 

川島高之FJ理事 先日、女性アナウンサーの衝撃的な自殺のニュースが流れ、その要因が「産後うつ」という報道があり、ショックを受けた方も多いのではないかと思います。産後うつの解決にはシンプルな方法はなく、いろいろな問題が絡み合ってくると思います。しかし、一つ確実に言えるのは、父親の存在です。父親が主体的に育児をする、ママの強力なサポーターになる、父親が地域活動に参加し、地域の中で子どもを育てるということが、問題解決の糸口や大きな要因になるのではと思います。

産後うつに限らず、児童虐待、いじめ、子どもの不登校などさまざまな社会問題も視野に入れながら、議論していかれればと思います。

 

小崎恭弘FJ理事 今回、このフォーラムを実施するにあたり、プロジェクトチームを作り、中心となって引っ張ってくれたメンバーがいます。彼の奥さんが、産後うつ的な状況にある中、彼のたくさんの想いをメンバーにメール送信してくれていました。そんな中、奥さんの体調がさらに悪化という状況になり、「一番大事な奥さんのところにいてあげて欲しい」ということで、彼は今日、欠席しています。彼からメッセージが届いています。

 

「ぜひイマジネーションを持って欲しい。自分の愛する人が、24時間、365日、本当につらい思いをしているときに、自分は何ができるのか。そういうイマジネーションを持つきっかけになる場にして欲しい」ということです。

 

 

【基調講演】産後うつを正しく知る

宗田聡先生(パークサイド広尾レディスクリニック院長

産後うつの専門家医がいないのが現状。「産後うつ」という言葉の一人歩きも心配

 

本日は時間が少ないので、産後うつについて、詳しくは『産後うつ病ガイドブック』(南山堂:http://amzn.to/bU2JbG)をぜひご覧ください。

 

まず、現状のお話しからしましょう。

赤ちゃんの出産後は、5日で退院するところがほとんどです。その後は、生後1カ月健診ということで、赤ちゃんの成長発達の確認と、お母さんの体の回復のチェックと、おっぱいの確認などがされると思います。赤ちゃんはその後、定期検診などがありますが、お母さんに対するケアは、産婦人科ではやっていないというのが現状でしょう。

 

「産後うつ」には、10~15%がなると言われていますが、誰でもなりうるものです。

 

産後うつになりやすい人は、まじめ、几帳面、何事にも一生懸命な人……。また家族環境にもよります。夫と2人の核家族で孤立している場合、逆に、姑と一緒に生活していることによるストレスなどが引き金になる場合もあります。不妊治療、低出生体重児、早産、帝王切開による出産、産後の大量出血など……、さまざまな要因があります。

 

出産後は、赤ちゃんの検診や病気で小児科に行くことは多くあります。でも、小児科ですから、子どもについての診察や相談には応じてくれますが、お母さん自身の相談をするのはなかなか難しいでしょう。

 

お母さん自身、追いつめられた気持ちになっても、ひどい状態でないと精神科に行くのもためらわれると思います。そんなこともあり、私のクリニックでは、心と体の両方を診られるようにと、心療内科のドクター、そして臨床心理士、カウンセラーを配備しています。

 

産後うつは、誰でもなりうるものですし、1人目の時には大丈夫でも、2人目の時になることもあります。同僚の産婦人科医も2人目出産後に産後うつになり、「先生、産後うつって、本当にあるんですね」と言っていました。産婦人科医自体、出産後のお母さんに会う機会がほとんどありませんから、知識として知っていても、実感がない医師が多くいます。

 

もちろん、小児科医でも産後うつを気にかけている医師もいますし、自治体では「こんにちは赤ちゃん事業」という産後のお宅訪問を実施し、赤ちゃんやお母さんの様子を確認したり相談にのっています。でも、本当に困っているお母さんは、どこでだれに見つけてもらうかということが、とても重要だと思います。

 

産婦人科医、精神科医、保健所……と、専門機関はありますが、「産後うつ」の専門医はいません。産婦人科医は、ガンやお産、不妊などは診ますが、産後のことについてはほとんどやっていないと言うのが現状です。

 

産後うつは、急激にと言うことはなく、徐々に悪くなるケースがほとんどですから、早い段階でカウンセリングなどのサポートで改善できるものだと思います。薬物療法は1~2割に適用されると思いますが、早期ならカウンセリングでも、薬物と同等の効果があるのではないでしょうか。でも、現在はそのようなサポート機関が少なく、どこで診てもらったらいいのかわかりません。

 

また、産後うつの場合、身内が病気を隠す場合が多いので、余計に病気や対処法をわかりにくくしていると思います。

逆に「産後うつ」という言葉が一人歩きしてしまって、産後にうつ状態になると、何でも「産後うつ」と言ってしまって、本物の病気が見えにくくなるケースもあります。出産年齢が上がっていることもあり、もともと「うつ傾向」だった人が、妊娠・出産によって悪くなるケースもあります。この場合は、産後うつという言葉に惑わされると正しい治療ができなくなる場合もあり、元の病気自体をコントロールする必要があります。

 

特に日本の場合、極端に情報に左右される場合がありますから、「産後うつ」について正しく知ることが大切です。そして必要な人には、できるだけみなさんでサポートをしていただけるといいなと思っています。

 

【パネルディスカッション第1部】体験者の声を聞く

 

産後ハイの後、産後うつに。パートナーへの想像力と共感を 吉田紫磨子(産後うつを体験したママ) 

 

妊娠中は、妊娠・出産オタクでした。とにかく出産をゴールに頑張っていたという感じです。1時間くらいで赤ちゃんをつるんと出産でき、産後はとにかくハイテンション。退院した日にベビーマッサージをしたり、夜中に散歩に出かけたり……。体はあちこち痛いのに、体の痛みに自分自身が気づいていませんでした。

 

夫の育休は2日間。会社の同僚は「奥さん出産したんだったらヒマだよね。飲みに行こう」という感じでした。

 

おかしいと気づいたのは、産後4カ月目の頃でした。それから約4カ月間、産後うつが続きました。起きられない、手足がしびれる、嘔吐……。精神科に行こうか、心療内科に行くべきか、でも母乳育児をしているので、投薬はイヤ……、あれこれ悩みながら、電話番号を調べるタウンページが重くて持ち上げられない。たくさんの思いが募ってたくさんしゃべりたいのに、夫が帰ってくるとしゃべれない。腱鞘炎になって、赤ちゃんを抱っこするのも苦痛。母乳育児への執着があり、結局診察も受けませんでした。

 

その時の夫は、腫れ物に触るような感じ。夫のせいいっぱいのほめ言葉は「赤ちゃん、かわいいね」でした。でも、その言葉自体が、私にはしゃくにさわる……。夫はかわいいその瞬間しか見ていないくせに、と。今思うと、子どもにではなく、私自身に声をかけて欲しかったのだと思います。耳鳴りがして、涙が止まらず、死にたいとまで思うようになりました。

 

産後8カ月の時に、産後のボディケア&フィットネス教室に参加。自分の言葉で話すこと、自分にお金をかけること、子どもを短時間ずつ預け仕事を始め、少しずつ産後うつから治癒していきました。

 

第2子の時には、第1子のときの教訓から、お金を使ってサポートを受けました。第3子の時にはたくさんの人に支えてもらい、とてもステキな産後生活を送れたと思います。

 

 

男性のみなさんにお願いしたいのは、家事・育児万能であるよりも、パートナーに対する想像力と共感を持って欲しいということ。夫婦二人だけで乗り切ろうとしないこと。風通しのいいパートナーシップを築きあげていって欲しいということです。

 

産後うつの妻のサポートは、紆余曲折の末、夫婦協調型に Nさん(妻が産後うつだったパパ)

 

妻が産後うつになったときには、「なぜ、産後うつになってしまったのか?」と、自分が被害者のような感覚でした。7年前、上の子が4歳の産後でした。その頃私は、金融機関に勤め、管理職になったばかり。仕事にもやりがいを感じていました。妻は学校関係の仕事をしていて、1人目の産後は多少調子を崩したようでしたが、たいしたことはなく、普通に生活を送っていました。そして2人目の子が産まれた後、妻は産後うつになりました。

 

1人目の子どもの産後は、赤ちゃん1人に親が2人ですが、2人目は子ども2人に親2人。パパが仕事中には、ママ1人で2人の面倒を見ることになります。上の子がアトピーだったこともあり、育児への自信を失っていたということもあったかもしれません。産後の不調をきっかけに、妻の長いうつ病生活が始まりました。

 

第一ステージは「大変って言っても、自分は仕事しているんだし、(ママは)育休中なんだから頑張ってよ」という感じ。自分は妻に気を遣っているのに、症状はだんだん悪化……、妻の元気がだんだんなくなってくる……。仕事から帰ると、ご飯も風呂もまだ、お腹をすかせた子どもが惨殺体のように寝ている……。ネグレクトっぽい状態だったと思います。

 

第2ステージでは、妻が大変なのだからということで、ベビーシッターを頼みました。家政婦さんも頼みました。3時間ずつ交替で来てもらって、土日は自分が家事育児、すべてをしました。「クリニックに行って来たら」と妻を送り出し、診断は「産後うつ病」でした。何もせずにゆっくりすることが大事とのこと。ベビーシッターも、お手伝いさんも揃えて、医者にも診てもらって自分としては万全の体制。この体制は経済的にかなり大変でしたから、自分では仕事を頑張りました。

 

それでも、しかし、それだから、妻は一向によくならず、逆に抗うつ薬が不適合だったためか、攻撃的な躁状態になってしまいました。ある日、ショッピングセンターに行ったときのこと。妻は、ぐずった上の子をエスカレーターから突き飛ばしました。そんなことがあり、妻とゆっくりと話す時間を持ちました。妻は「ベビーシッターや、お手伝いさんは、他人だし、結局自分が指示を出さなくてはならない」と。私がよかれと思ってやったことは、妻に精神的な負担を増やしてしまっていたようです。

 

第3ステージは、自力フルパワー型。弁当を毎日作り、保育園の送り迎え、夕飯を作り、風呂に入れ、子どもを寝かしつけ、もう一度出社して仕事をする毎日……。夕食を家族一緒に食べ、育児にも関与でき、かつ妻といる時間も確保したわけですが、いわゆる“家族団欒とか、今でいうワークライフバランスでイクメンを楽しむ”なんて余裕はありませんでした。しかも、妻のうつは、すぐに治るわけでもなく……。

 

実家の親も手伝ってくれたのですが、妻に手の震えが出てきてしまいました。妻としては「私は何もしていない。そういう私ってどうなの?」と、自分の存在意義に自信がなくなってしまったようでした。

 

そして現在の、夫婦協調型に。私は転職を決意し、1カ月間、日中夫婦2人で過ごしました。ボーッとしたり、2人で散歩したり……。そんな毎日を過ごしているうちに、表情が薄かった妻は、並んで歩けるようにまでなりました。「ママだけど、子どもが好きじゃない」と言われましたが、「産んでくれただけで感謝している」と伝えました。

 

今は、家事、育児、妻の介護にできるだけ時間を融通し、カウンセリングにも付き添っています。紆余曲折がありましたが、妻にとっては身内のサポートが、何よりの特効薬だったのだと思います。

 

 

夫がしてくれることと、妻がして欲しいことがずれている…

宮崎弘美(産後うつの女性と家族をサポートするママブルーネットワーク代表) →発表資料はこちら 

 

自分自身が産後うつを体験。動けるようになった2004年に「ママブルーネットワーク」を開設しました。産後うつ体験者がこういう体験をしたとか、こうやって回復したと言っても、理論上あり得ないとか、それは産後うつ病ではない、ただなまけているだけ……という言葉が浴びせられることがあります。周囲からの思い込みによって、産後うつで苦しんでいる方を取りこぼしているケースもあると思います。

 

私自身、何度も自殺未遂をしました。日中の記憶が飛ぶことがあり、自分が子どもに何をしているかわからず、とても不安にかられました。危険な私を息子から遠ざけたいと思い、自殺をはかりましたが、死ぬことができませんでした。精神科に入院したときには、「これでわが子に危害を加えなくて済む。息子の安全が確保された」とほっとして泣きました。

 

当時、欲しかったのは情報です。13年前に出産し、周囲からのサポートもなく、「自分が産後うつだった」ということもわかりませんでした。闘病中は、治るのかと不安でしたが、治ったら体験談を伝えて、同じように苦しんでいる人の役に立てればと思いました。

 

ママブルーでは、携帯メールも受けています。自分の悩みはもちろんですが、母乳と服薬の両立の悩みや、夫との関係の悩みが多く寄せられます。夫は一生懸命にサポートしてくれようとしているけれど、ちょっとずれているということが、多いようです。疲れている様子だから元気づけようとケーキを買ってきてくれるけれど、おっぱいが詰まりやすく困ったとか。疲れているのに「気分転換にサイクリングに行って来なよ」とか。

 

気を遣って夫がしてくれることと、妻がして欲しいことがずれている。「何をして欲しい?」と聞いてくれなかったという声が多くあります。

 

もう一つは、産後うつの妻を支える夫自身が限界を超えないこと。全て自分だけで何とかしようとしないことが大切です。無理のないサポートをしないと、夫婦共倒れになってしまいます。

 

まずは産後うつについて、情報を集め、調べること。そして夫は自分自身の限界を知ること。グチは受け止めず聞き流すこと。自分を大切にすること。求められる以上のことをしないこと。自分ができないことは言わない、発言と行動を一致させることが大切です。

 

また、産後うつの女性は、虐待不安が高く、現在、虐待と関連付けて報道されることが少なくないため、受診が遅れたり重症になるまで我慢してしまうことが多々あります。こうしたことも、今後の重要課題のひとつに取り上げていただければと思っています。

 

【パネルディスカッション第2部】人ごとじゃない、あなたもなりうる産後うつ

 

会話の時間をもっと取れるといいのだけれど Aママ(産後5カ月半) 

 

平日の生活は夫の仕事が忙しくて帰りが遅く、コミュニケーションを取る時間が少ないというのが不安に思っているところです。家事を手伝ってくれたり、週末出かけたりということはできるけれど、平日は朝少し会話する程度です。

 

日常生活では、ささいなことですが、子どもを連れて買い物に行ってくれたり。30分、1時間でも一人の時間ができるとホッとできて助かっています。あと、お願いすると家事は何でもしてくれますし、土日は育児をお休みさせてもらって、夫に手伝ってもらっています。

 

助産師はママとの接点を点から線にして、継続したサポートを

市川香織(日本助産師会事務局長、助産師) →発表資料はこちら

 

助産師は、出産の介助を中心としながら、女性のライフスタイルにおける健康を支援する仕事をしています。助産師と出会う最初は妊娠中ですが、健診時に毎回担当が変わることもあり、1人の女性に対して、点でしか関わっていないというのが現状です。出産時は長い陣痛を一緒に過ごすパートナーですが、産後は母乳や育児技術の指導、新生児訪問などで、産後のママとの接点は細切れになってしまいます。

 

産後うつのリスクを高めている社会化の変化を見ると、一つは出産年齢の高齢化があげられます。母親自身の体力への不安や赤ちゃんのリスクへの不安、親も高齢になっていて頼れないというのが現状。パートナーも働き盛りで多忙、職場でキャリアを積んできた女性だけに、思い通りにならない赤ちゃんへの感覚的なギャップが大きい。さらに入院期間の短縮化により、体を十分に休められないということもあります。

 

助産師として、体のケア、心のケア、パートナー・家族の支援を行っていますが、最近、自尊感情の低い妊婦さんが多い傾向にあります。育児に対して、自分に対して自信がなく、「これでいい?」「もっとしてあげなくては?」と、いつも合格点を求める傾向にあるように思います。妊娠中の両親学級では沐浴などの育児技術や出産時のサポートの仕方などが中心となっていますが、プレママ・プレパパの両方に女性の出産前後の心理的変化や、メンタルヘルスの視点を伝えることも大切。また、祖父母世代の育児方法とのギャップを埋めるための孫育て講座の普及も重要と考えます。

 

助産師会としての今後の課題は、妊娠中から、出産・産後まで含めた継続的な支援。産後うつに関しては、助産師のメンタルヘルスケア力、発見力の強化や、精神科医師との連携も必要であると思っています。

 

産後の女性の体と心をケアする体制作りに、NPOの力も利用を

吉岡マコ(NPO法人マドレボニータ代表) 

 

10人に1人は産後うつと言われていますが、それはあくまで診断を受け、病名を見立てられた人の数。たとえば、先ほど発表した吉田さんのように、病院に行かず診断されていない数は含まれていませんから、産後うつになっている割合はもっと多いと思います。

 

妊娠中は何かと大切にされますが、産後の方が体はしんどいもの。産後は赤ちゃんとの生活をスタートさせる大切な時期。その時に、体も心も、シワシワ、ボロボロ、ガタガタになってしまうと、「私だけ?」ととても不安になることもあるでしょう。

 

妊娠中は健診費用の一部負担や無料で受けられる母親学級などがあり、出産時は国民健康保険から出産一時金が支払われます。産後、赤ちゃんには無料で受けられる定期検診や予防接種、医療費が無料になるなどの公的な支援がありますが、産後の女性をケアする体制は全く取られていません。産後は、体のケアも心のケアも必要で

 

マドレボニータでは、産後のヘルスケアプログラムを開発し、母親たちの集まる現場で研究改良を重ねてきました。有酸素運動、コミュニケーション、セルフケアを3本柱としたプログラムを実施しています。うつになってしまってからでは、運動もできませんから、そうなる前の対処が大切です。母親たちは運動などのリフレッシュだけでは満たされません。自分を認めてもらいたい、自己表現したいという欲求を持っています。赤ちゃんと2人でいると会話がありません。大人同士の会話が必要です。そのためにもプログラムにコミュニケーションのワークを組み込んでいます。

 

産後うつ、発症手前の人は約8割。産後の教室というと、「元気なお母さんが行くところ」というイメージがあるようですが、必死の思いで教室にたどり着くお母さん達もたくさんいるのです。産後のエクササイズやワークショップはママの娯楽ではなく、切実に必要な産後のリハビリととらえ、夫はその重要性を理解して、快く送り出してあげて欲しいと思います。

 

 

宮島(薬を使わない精神科医) 助産師さんから、自尊心の低い状態という話しがありましたが、自分の中の考え方、親子関係、食生活の改善という視点からカウンセリングを行い、薬を使わない治療を心がけています。産後うつということでの外来は少ないですが、話を聞いていくと産後うつだったり、結局は育児相談になってしまうようなこともあります。