2010年2月、長男が生まれたのを機に、4月から約2週間の育児休暇を取ることを宣言した文京区の成澤廣修(なりさわひろのぶ)区長(44)。自治体首長としては初の育休宣言に、国内外からの賛否両論もあり、反響は大きい。

 

育休に入る直前の3月末、ファザーリング・ジャパン安藤哲也氏との対談が行われた。

 

【育休に入る心境は?】

安藤 まず、育休に入る前の心境を聞かせてください。

 

成澤 結婚して9年間、子どもができなかった。子どもが生まれ、せっかくの機会なので、子育てをしたいと思ったんですよ。子育ての喜びもつらさも妻と共有したいと思いました。

ただ、育休宣言後のマスコミ騒動は大変でした。朝、子どもを沐浴しようとしているところに、自宅に突然取材に来られたこともあって。取材対応していたら、子どもを風呂に入れられませんから、その取材は断らせて頂きました。

 

安藤 仕事から早く帰ってきて、子どもと触れあうというのではなく、太陽が出てから沈むまで一緒にいるという空気感を感じるということは大切だと思います。

 

成澤 子育てしていると、男の非力さを感じますね。どうしたって、おっぱいは出ないわけですから。夜中に子どもが起きて、妻はおっぱいをあげて寝かしつけるわけですけれど、一緒に起きてもやることないから、先に寝てしまったりして……。

 

安藤 でも、おいしい母乳が出るようにしてあげるのは、パパもできますからね。野菜中心のメニューを考えて料理したり、パパにもできることはありますね。

 

成澤 炊事は、子どもが生まれる前から日常的にしています。しかも料理は私のストレス解消でもあるんで。妻の両親は既に亡くなっていて里帰りも出来ないので、私の母が産後8週までは毎日料理を作って運んでくれました。育休中は私が作るつもりだから、もしかしたら最大のライバルは母親かも。

【育休宣言の反響は?】

安藤 でも、近くに援軍がいるのは心強いですね。育休宣言以降、反響はいかがですか?

 

成澤 全国から賛否両論が届きました。資生堂の岩田喜美枝氏からは手書きの激励のお手紙をいただきました。前磐田市長の鈴木望氏(在職時に、男性職員の育児休業取得を促すため「夫の子育て後押し宣言」をした)からもメッセージと本をいただきました。ご自身が育休を取った人や、これから取りたいと思っている人からは、応援のメッセージをたくさんいただきました。

 

安藤 否定的な反響としては、具体的にどんな内容だったのでしょうか。

 

成澤 大きく分けると4つ。

1.「男は男らしく」というものです。「日本の母より」と結んでいる方からは、「女々しい行動を取るんじゃない」とお叱りのメッセージでした。性別役割意識(男はこうあるべき、女はこうあるべき)というところを強く持っている方も、社会の中にいらっしゃるということは事実です。

2.「首長として、危機管理上、いかがなものか」というご意見です。休暇中でも、区長決裁が必要な場合や地震などの緊急時にはすぐに出勤できますから、「危機管理の問題は起きない」と思っております。

3.「公務員だからできる」「中小企業に勤めていてはできない」というご意見もありました。あるデータによると、中小企業の方の方が育休取得率が高いという結果も出ているそうです。逆に組織が大きいと、制度として取り入れても、実際には取得しにくく、取得率が低いということはあると思います。中小企業の方が社長の考え方一つで、取りやすかったりするでしょう。

4.「保育園の待機児童になってしまったのに、休んでいる場合ではない」というご意見。これは、私が育休を取るということに対する意見とは本当は違うわけですが、そう言いたくなる気持ちも痛いほどわかる。育休を取って、自分で子育てしてみることで、何かを得て、これからも子育て支援の充実に取り組み続けるしかない。

 

 【職員からの反応と施策】

安藤 職員の反応はいかがですか?

 

成澤 職員は概ね好意的ですね。私は、「これから子どもが生まれる人、全員が必ず育休を取りなさい」と強制的に求めるのは変だと思っています。多様な選択肢として、育休を取りたいときに、取れる環境であることが大切。一般論としても国際競争力を高める意味においても、そのような環境作りをしていきたいと思っています。

 

安藤 今回育休を取る時期については、どのように考えましたか?

 

成澤 育休を取ること自体に迷いはありませんでしたが、どのタイミングなら取れるのかということは考えました。本当は産後8週以内に取れたらよかったのですが、新年度予算などもあって、抜けられませんでした。

年度末に比べれば、まだ年度初めの方が、私の仕事ととしては落ち着いた時期といえますしね。

親子は同い年と言いますが、赤ちゃんが0歳なら母親も父親も0歳ですから、この時間を大切にしたいですね。

 

安藤 育休を取るタイミングとしてはいかがですか?

 

成澤 プライベートと社会的なインパクトを考えたら、結果論ですが、この時期がベストだったと思います。6月30日から育児休業法にパパママ育休プラスなどの新たなメニューが加わりますから、この時期の育休取得は、意識啓発のタイミングとしてもよかったのではないでしょうか。

 

「文京区子育て支援プログラム~特定事業主行動計画~」の後期5年間の策定を3月末に行いましたが、「妊娠症状に対応する休暇の取得可能期間拡大」ということで、つわりがつらい時期の休暇取得期間なども含めて雇用主としての計画を作ったり。自分の問題提起も含めて、職員で「男性職員の育児休業等取得促進実施要綱」を作ろうということを行っています。今までお母さんが産休中、育休中の場合には、お父さんは育休を取れなかったけれど、今回の改正に伴って、お父さんも一緒に育休を取れるようになるというのは、とても大きな転換だと思います。

今まで取れなかった理由の一つに、経済的なロスというのがありますが、お母さんよりお父さんの給料の方が高いというのが現状では一般的で、その場合、どちらが休むかと言うことになると、おっぱいもあげられるし、給料の安いお母さんが休むというのが合理的な判断ではあったけれど、今回の改正によって「一緒に取れますよ」というと、考え方が変わるし、選択肢が増えるということでとてもいいことだと思います。

 

文京区でも推奨しようと思っているのは、産後8週、お母さんの産休中に少なくとも1カ月くらいお父さんが育休を取れるようになること。お母さんが産休中なら、給与の考え方で行くと、夫婦で1+1=2だったものが1+0,5程度=1,5程度となるので、そんなに極端には減らないわけですから、マンションのローンなどがあっても、1~2カ月くらいならなんとか育休取得できるんではないか、ということをとりあえず職員向けの推奨プランとしました。

 

安藤 それは要綱ですか?議会の承認は?

 

成澤 要綱なので議会の承認はいりません。多少の議論は庁内で行いますが。

 

妊娠・出産休暇、育児休暇、介護休暇という3本立ての特別職の条例を作りたいというのは、私の育休取得の記者会見の時にお話ししました。それを受けて、じゃあ職員課として職員向けには何ができるのか、職員向けの要綱を作ろうということで、私が具体的に指示したわけではなく、次の行動を職員達が打ってくれています。そういう流れが、うちの職員の中で巻き起こってきたのが嬉しいですね。

【区長の育休取得が、職員の意識の後押しに】

安藤 役所にワーク・ライフ・バランスを含めた労政系の勉強会呼ばれて行くことも多いですが、育休を取ってよかったという話しをすると、意識が変わってきますね。ファザーリング・ジャパンでは、産休中の経済的ロスや孤立化防止などの支援する「さんきゅーパパプロジェクト」を行っています。

 

成澤 現在応募は何人ですか?

 

安藤 4人です(4/12現在)。

 

成澤 経済的なロスを埋めようと言う取り組みは、まだまだ奇異な世界と思われている部分があるのかもしれませんね。

安藤 区長の宣言も追い風になりましたし、育休法改正前に「さんきゅーパパプロジェクト」を開始できたのは、よかった。今後徐々にですが広がってくるとみてます。

 

成澤 本当は改正法が実施されてからの方が、批判ももう少し少なかったかも知れませんが、批判も承知の上で「育休取得宣言」をしました。でも、このタイミングで子どもが生まれてくれていなかったら、このタイミングで今の話しもできていないわけですから、子どもにも感謝ですね。たとえば、6月に子どもが生まれて夏休みを長めに取りますというのでは、インパクトもあまりなかったと思います。

「休みを取る」というのは家庭のプライベートな話しですし、私の場合は勤務時間のない特別職なので、何人かに伝えて、「この期間いないので、何かあったら連絡して欲しい」と密かに1~2週間休むことは、できたと思います。

でも、結果としてこのように宣言できたのは、タイミングとしてもよかったですし、職員の意識に対しても後押しになったのではないかと思います。

 

安藤 文京区は過去の男性取得者がゼロですからね。ゼロから1にするのは、すごくハードルが高いと思います。

 

成澤 私が育休を取っても、私は例外ですから、本当の意味での文京区役所の育休取得者はゼロのままだと思っています。職員のみなさんに比べれば、私のハードルは低かったんだろうと思います。

 

昨年文京区の男女共同参画推進本部から「男性の育休取得促進については、区長の強いリーダーシップを求める」とかなり強い文面の勧告文をいただきましたから、それも相当意識しました。それは取りやすい制度設計という意味ではありましたが、「制度設計だけではなかなか取得者が1にはならないな」という思いもありました。

 

【育休や仕事の仕方について、家庭で話し合おう】

安藤 育休は短い期間であっても、取るのと取らないのとでは全く違うと思いますし、僕らがよく言っているのは、「子育てができるパパは仕事もデキル」ということ。育児することで、段取り力、時間管理能力が高まったり、生活者目線を持つことで本業にも活きるのです。それに、職場にいる育児中の女性スタッフとのコミュニケーションが円滑になるなど、効果がいっぱいあるわけです。まだ育休を取得していない職員のパパ達に、有意義な報告をしていただける育休の過ごし方をして欲しいと思います。

 

成澤 そういう芽はすでにありますね。10カ月の赤ちゃんを抱えて育休中の女性職員さんが職場に顔を出しに来ていたようで、「会いたかったんです!」と声をかけられました。職場で育休を取っている女性職員にとっても、夫に「あなたも取りなさいよ」と言えるきっかけにもなりますし。

話題になるだけでも意味があると思います。家庭で「うちのパパが育休取ったら、どうだろう?」と、話し合ってみて欲しいと思います。

 

安藤 男性タレントや市区町村の首長が取ると話題になりやすいですからね。でもそれがいちいち話題にならないような、つまり男性が育休を取ることが当たり前の社会に早くなって欲しいと思います。あと言えるのは、男性は来るべき「介護」へのトレーニングのためにも、育児をしておくべきだと思います。子どもの場合は、生まれる時期も成長度合もだいたい予想が付きますが、介護の場合はいつ急に始まるかも知れず、いつまで続くかわからないわけですからね。企業や役所もし主力の人たちがごっそり介護のために休業せざるを得ないことになったら一体組織はどうなるんですか、ということです。団塊の世代が要介護に突入する大介護時代はもうそこまで来ているわけですから、そのトレーニングのためにも、まずは育児休業が当たり前に取れて、組織も業務の共有化など経営のリスクヘッジをちゃんとしておくことが大事です。

 

成澤 「自分たちには、育児の話しは関係ない」と思っている人にとって、「介護の話し」はわかりやすいですね。親が目の前で倒れたときに、今のような仕事の仕方を続けられますかということです。「自分の親が倒れて、自分の仕事を休んで親を介護する男を女々しいと言いますか」と問いたいですね。男性女性ではなく、誰しもやらなければならないことはあると思います。

よく一流のトレーナーさんが言いますが、身体のケアを自分でしている人は、仕事もできる。運動している時間が取れないという人は、結果的に仕事も満足にできていないということ、それがまさにワーク・ライフ・バランスなのだろうし、それが当たり前になるような取り組みをしていきたいと思います。私の場合、今回はたまたま育児でしたが、家族を介護するということも考えられますから。

 

【育休宣言後、見えてきた子育て支援の方向】

安藤 育児を楽しんでいる成澤さんですから、文京区の子育て支援策という部分で、いい影響があればいいなと思います。

 

成澤 元々重要なテーマでありますし、職員の中でも子育て中の職員もいるし、そうでない人もいます。でも、実際に子育てすることで見えてくることはあると思います。今年、今後5ヵ年の文京区の子育て支援計画を策定しました。その中でも様々なメニューが盛り込まれています。私が育休取得を検討している中から見えてきたのは、共働き家庭のためだけに、子育て支援策があるべきではないということ。「この期間は働かないで家庭で子育てしたい」という選択肢もあるということです。ヨーロッパでは、育休中に8割の給与をもらえる国もあるということですが、一定期間家にいても、復帰後は元の会社の同じポジションに戻れるなどの選択肢についても、日本できちんと議論すべきと思っています。

保育園の待機児童解消だけではない視点からの、子育て支援があるのではと思います。

 

安藤 育児休業と言っても、ゆっくり休んでいるわけではないですからね。一日育児すると、仕事している方がラクだということに気付くはずです。また、「子育ては次世代を育成する重要な労働だったんだ」という点にも気づくはずです。

 

 成澤 育休を取得すると言うと、「どうぞゆっくりと、お休みください」と言われます。育児休暇とか、育児休業ではなく、育児兼業とか育児分業とか言った方がいいかも知れませんね。

 

安藤 ドイツでは育休制度を「親時間制度」と名前を変えたようです。OSの入れ替えじゃないけど、日本も子育てへの価値観を変えるためにこうした大胆な制度名変更などを行った方が良いと思います。

ところで成澤さんは、お子さんが生まれて、OSが入れ替わった(考え方が変わった)ということはありますか?

 

成澤 基本的には変わってませんね。子どもが生まれて妻とともに育児をしたいから、育休を取る……ということです。それも自然と。育休は「休まなければならない人だけが取る」という印象はあるようで、一連の報道後、妻は「大丈夫?具合悪いの?」と聞かれたそうです。「産後うつ」か育児ノイローゼだと思われたんですね。「父親が育休を取る=妻によほどのことがあったのでは」と思った方もいたようです。

一度、妻が乳腺炎になりかかって、診てもらうために1時間半くらい子どもと1対1になったことがありましたが、ぐずり始めると、1分1分がとても長く感じましたね。子どもが泣きやまない環境にいることがどれほど大変かということがわかりました。散歩に行こうにも、ベビーカーの開き方も解らなかったですし。

 

安藤 “父親は1日にして成らず”です。週末だけとか、お風呂に入れるだけとかではダメなんですよ。やり遂げる力、マインドは毎日育児しないと得られないものですから。

それと最近では育休を取るパパは2人目の子のときが多いような気がしますが、文京区の出生数はいまどうですか?

 

成澤 文京区の出生数は10年前が約1,000人。それが一昨年からは1,500人を超えました。特にこの3年増え続けています。2~3人目を生む人が多いですね。育休パパの土壌はあると思います。育児中の短時間勤務を取り入れている人はすでに多いのではと思います。

 

安藤 育休取得後の成澤さんとも、ぜひお話ししたいと思っています。ありがとうございました。

 

取材・文/ファザーリング・ジャパン 高祖常子