2019年9月、第二子が生まれたのを機に、11月から2か月間の育児のための休暇を取ることを宣言した西尾市の中村健 (なかむらけん)市長(40)。育児休暇の内容は夕方以降の公務を控えるというもの。愛知県の自治体首長としては初の育休宣言に内外からの賛否両論もあり、反響は大きい。 

 

育休がそろそろ終わる12月末、ファザーリング・ジャパン安藤哲也氏との対談が行われた。 

   

安藤:「いつ頃から育児休暇を考えていましたか?」

 

市長:「第二子の妊娠が分かった頃から考えていました。直接的には家庭の理由です。第一子のときは市長選挙立候補表明の3日前に生まれて、市長の仕事が分からない中では、いきなり育児休暇を取ることができませんでした。」

 

安藤:「第一子誕生は、時期的にはいつですか?」

 

市長:「平成29年です。近所に両親はいますが、わが家は核家族です。妻にまかせっきりにすると、家庭がまわらないと思いました。妻としては、2人目3人目がほしいと考えていたようなので、私が育児にもっと協力しないといけないなと考えていました。」

 

安藤:「なるほど。それで第二子誕生とともに行動されたのですね?」

 

市長:「育休には、取り方がいろいろあって、過去の首長さんなどを参考にしました。数日間をまとめてとるのは、中村家ではふさわしいものではないと思いました。妻は朝と、昼は一人でやれるが、夕方に食事を子どもたちにあげて、お風呂、寝かしつけが大変で、協力をしてほしいとのことでした。それならば、私が日中は公務をやり、夕方からは家族のことをやるといったスタイルで協力できるのではと考えました。また、市長の前は議員をやっていましたが、市の男性職員で育児休暇取得をしている方は極端に少なかったです。そこに問題意識も持っていました。男性の育児参加を促すために、メッセージを出したいと思い、今回の育休宣言とともに『イクボス宣言』も行いました。」 

 

安藤:「宣言までにどういった段取りをされたのですか?」

市長:「秘書には事前に伝えてはいましたが、記者会見で発表するまでは、周囲には伝えませんでした。」

 

安藤:「では職員からしたら突然の宣言だったのですね。反応はどうでしたか?」

市長:「直接的に意見は上がってきていませんが、否定的な意見はなかったような気はします。職員の中には自分たちの育休取得、ワークライフバランスにどのように繋がることなのかと疑問視する声はいくつかあったようです。」

 

安藤:「市民からの声はいかがですか?」

市長:「女性からは共感していただく声をたくさんいただいております。」

 

安藤:「具体的には?」

市長:「育休を取ること自体には多くの共感をいただきました。『がんばっているね』と声をかけてくださったり、『夕方に夫が家にいると助かるものね』という女性は多いですね。同年代は概ね共感してくれますが、上の世代になると意見が分かれます。『時代的にいいんじゃないか』という方と、『選挙で選ばれているから取るべきでない』という方に二分されますね。」

 

 

 

安藤:「パートナーは働いてらっしゃるんですか?」

市長:「はい。妻は産休・育休後、復帰を考えています。共働きで仕事をすることが当たり前の時代です。」

 

安藤:「周囲の声は、ポジティブ、ネガティブ両方あったと思いますが、市職員の男性で育児休暇をとるという動きは出ていますか?」

 

市長:「まだあまり聞こえてきません。男性育休ではノルマを課すことはなるべくしたくない。自主的にとってもらうことに意味があると思っています。市で二年前にアンケートをとったときに、『職場の雰囲気的に取りにくい』という声が多くあったので、プライベートに配慮しつつ、上司から育休を自然に薦めることも大事なのでイクボス宣言もしたのです。」

 

安藤:「他の自治体を見ていると、単なる個人の努力目標だと結果がでない所が多いです。」

 

市長:「結果がでないとなると、仕組みとしてやるほうがよいと考えています。」

 

安藤:「東京の文京区では、区長が男性で育休を取得後、平成22年に職員向けに『男性職員の育休取得促進の実施要綱』を設けました。具体的な行動指針として『所属長は父親になる職員に対し、要綱等に基づき、本人の事情を聞き最大限考慮した上で、育児休業等の取得を勧奨してください』と明記されています。区長は『男性育休を増やすには取りやすい環境や風土をつくることが大切だ』と言っておられました。」

 

市長:「西尾市も私だけのパフォーマンスになるのではなく、職員の子育て支援にも繋げたい。また市政にも反映させて、後の世代に続く仕組みづくりをやっていきたいと考えています。」

 

安藤:「男性の育児休暇は、組織や社会を変えるボーリングの1番ピンですね。」 

 

 

市長:「今の子育て世代の男性が育休を取得して、その後に管理職になれば、お互いさまでサイクルが回っていくと思っています。」

 

 

安藤:「いまは過渡期。40代はロールモデルがいない。育休どころか育児をあまりしてこなかった人が部長、課長だと部下たちはまず取りにくいでしょう。その点、市長のようにトップが行動すると雰囲気はガラッと変わると思うんです。ところで、もうすぐパパになる小泉進次郎大臣の育休取得についてはどうお考えですか?」

 

市長:「いいと思いますよ。ただ客観的にみると、やはり環境によるのかと思います。本当は取りたかったけど、周りから言われて取れなくなるようだと非常に残念ですね。」

 

安藤:「2020年度から国家公務員の男性の育児休暇が義務化されるようなので、公務員も取りやすくなってくると思います。」         

 

市長:「にわとりが先か卵が先かの問題で、大臣が育休をとってから男性育休を促進していただいたほうがよい効果が出るのではないでしょうか。」

 

安藤: 「三河地方における父親の育児参加に関してはどう見ていますか?」

 

市長:「この辺りは、雇用がしっかりしている。トヨタ、デンソーなどがあるので経済的安定性があり、共働きは少ない印象です。それに西尾は家の敷地が広いので、そこに家を建てて、祖父母からの協力は得られている家庭も少なくないと思うので、男性育児の必要性は全体的には薄いのかもしれません。」

 

安藤:「まだ時間がかかりそうですね。価値観もライフスタイルも多様化する中ですが、ビジョンはどうお考えか?」

市長:「行政としては、人口減少が一番の大きい課題です。軸となる家庭生活がうまくいかないと子どもは増えない。これは日本全体の問題。男性の育児はこれを改善していくと思う。一人一人が意識を持てれば変わっていくと思います。」

 

安藤:「僕の予想では、二年後くらいに地方公務員にも男性育休の義務化が来るでしょう。これは育休取る職員が女性だけでなく男性も当たり前になるということです。その際は、職場での業務負担が増えてしまう人も出てくると思いますが、どうされますか?」

市長:「属人的な仕事を減らしていき、人が減っても回せるような体制を構築していきます。」

 

安藤:「行政の仕事の仕方は民間に比べると遅れています。仕事のための仕事をしている、というのが僕の印象です。」

市長:「仕事に対して、生産性を意識した考え方が不十分かもしれませんね。法律や制度など決まっていることや掲げた目標に向かって着実に積み上げていくような仕事の進め方が日本人に向いていると思います。」

 

安藤:「最初はトップダウンで強制力がないと動かないというのが日本の特色。ムード作りが大切です。」

市長:「男性育休についても義務化は望まないが、日本人の気質を考えると、いたしかたない部分もあります。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 安藤:「ファザーリング・ジャパンでは、男性の育休は『異文化留学』だと言っています。休暇ではなく留学だと考える。男性も育児する中でいろいろ気づくでしょう。家族との関係、自らの働き方への反省、そして次世代育成や多様性への理解などです。これらを深めることができる育休取得をプラスと捉えるべきでしょう。」

 

市長:「市長という特別職では、勤務時間という概念や休暇制度が整っていないので、今回の『夕方以降の公務を控える』ということを、私はあえて育児休暇と定義しました。イクボス宣言も働き方改革の一つの問題提起としてやりたかったのです。」

 

安藤:「12月いっぱいで育休は終わりますが、その後はどうされますか?」

 

市長:「1月からは、試行錯誤しながら、仕事をしながら家庭の時間も確保していくつもりです。妻もずっと育休を取ることを希望しているわけではありませんので。」

 

安藤:「そうですね。子育てに正解はないのだから、フレキシブルに夫婦で決めていけばよいと思います。ところで育児の中では、日々何が大変ですか?」

 

市長:「自分のペースで生活できないところが大変です。」

 

安藤:「自分もかつてそんな時期があったのでよく分かります。でもその後、諦めるチカラもついて悟りましたね。市長も『子どもといるのも自分の時間』という考えをもつとラクになりますよ。」

 

市長:「精進します(笑)」

 

安藤:「会社の働き方も同じですね。人手不足やITの導入は時代の流れ。困ったなぁじゃなくて、どうすればうまく行くかを考えて臨機応変に対応していくしかない。時間をかけずにね。ところで最近、副業を認める自治体も出てきていますが、西尾市の職員の方の考え方はどうですか?」

 

市長:「20代、30代は仕事観が違うと肌で感じています。 自分たちで考えないといけない時代で、机にいるだけだとヒントがない。生き方として幅を広げないと、政策のアイデアも出てこないので、どんどん現場に出て行ってもらえればと思います。」

 

安藤:「現場にいってニーズをとらえる。大事ですね。」

 

市長:「8年前に西尾市は合併しています。旧幡豆郡の方が住民との距離が近い。今の時代には、住民と市政の距離が近いことがプラスに働いているような気がしています。今後こういう視点が自治体経営で大事になってくるかと。」

 

安藤:「そのためにも会議の回数・時間やデスクワークの時間を減らしたいですね。イクボスはそこにもメスを入れて業務効率を上げるべきです。ところでファザーリング・ジャパンでは『イクボス自治体ランキング』というのを出していまして、第二回目を2020年に行なう予定です。2020年3月までにイクボス宣言をした自治体に調査をかけます( 第一回目の結果はこちら⇒ https://ikuboss.com/nr-20170616.html

 )。イクボス宣言後に管理職研修等のどういう取り組みをして、どんな効果が出ているかなどを調べて評価し、ランキングにして発表しています。」

 

市長:「どこのランキングが高いですか?」

 

安藤:「都道府県では三重県と広島県。男性知事が育休を取っているし、施策も質量ともに優れているのでこの2県がダントツで高いですね。市町村では前回一位だった北九州市が、今でも抜きんでている印象です。また前回ランキングで最下位だった四日市市は、森市長が自ら育休を取得し、その後に男性職員の取得率も上がっていることから、次回どうなるか楽しみですね。」

  

市長:「職場の空気が変わると、急に良くなるものでしょうか?」

安藤:「育休だけでなくワークライフバランスの根本的な見直しは、時間がかかります。どの自治体も早くて2~3年は要しますね。その間に諦めずに取組みを継続できるか。上手く行っているところを見ると、やはりトップの覚悟が肝かと思います。」

 

市長:「管理職では課長級への啓発がポイントですか?」

安藤:「課長は現場マネジャーですから肝ですが、イクボス研修を有機的に進めるにはレイヤー(職位)を分けて実施するほうがよいです。課長向けに研修やった後のアンケートをとると『ぜひ部長にもやって欲しい』という意見が多いですし、『係長級でも必要だ』という声もあります。幹部も含め、どの層のボスでも、理解を深めてそれぞれの立場で実践して欲しいですね。」

 

市長:「西尾市でも参考にします。」

 

安藤:「過去に首長が育休取得した自治体を見ていると、その後の休暇取得や働き方の見直しなど組織の活性化に繋がっていることころは多いです。またその精神が市政にも反映されて、子育て支援や少子化施策によい効果があると思うので、西尾市にも期待しています。今日はありがとうございました!」

 

取材・文/ファザーリング・ジャパン東海  橋本 淳邦