広島県の湯崎英彦知事(45)は、2010年10月、第3子誕生を受けて1か月間育児休業を取得。一日数時間の時間単位での育休取得だったが、知事初の育休が国民に与えた影響は大きい。年が明けた1月中旬、ファザーリング・ジャパン安藤哲也氏との対談が行われた。
【きっかけは、長女の幼稚園の送り迎え】
安藤 まず、育休取得の動機を教えてください。
湯崎 個人的なことで言えば、3人目なので楽と言えば楽なのですが、上の2人がまだ完全に1人では学校や幼稚園に行けなかったから、というのが大きいです。長男が小2、長女が幼稚園の年長です。
とくに、長女の幼稚園が遠いんですね。車だと朝なら40分もかかります。電車で行ったら、下手すると1時間かかる。それをどうするかが一つの課題でした。
政策的には、昨年2月に「みんなで育てるこども夢プラン」を策定し、子育てしやすい県にするための事業を推進しています。
しかし、まだ育児休業の取得は、広島県では全国平均よりも少ないわけです。全国平均1.2%も少ないけれど、広島県は0.8(20年度)です。どんぐりの背比べかもしれないけれど、数字だけで見ると1.5倍違うんです。こんな低レベルではいけない。地域や社会全体で子育てをし、男女ともに育児の楽しさを実感できる環境を作ろうというのが今回のプランなので、そこをメッセージとして発信していくために、育休宣言をしたわけです。
安藤 なるほど。私も今、ちょうど48歳で3歳の息子がいるので、45歳で第3子というタイミングが全く同じだったんです。だからニュースを聞いて、「40歳過ぎてからの子どもはかわいいと言うし、赤ちゃんのそばにいたいのかなぁ」と思ったんですが、どうですか。
湯崎 実は、私はふだんから育児を結構やっていまして(笑)。今回も、赤ん坊のそばにいるというよりは、上の子の面倒を見るというのが主体ですね。
安藤 奥さんにとっては心強いですね。ママは下の子に付っきりになっちゃうから。
湯崎 車で移動するのが前提の生活なので、産後1か月は車の運転は難しいということでドライバーとしての役割もありました。
安藤 おじいさんやおばあさんはいらっしゃるのですか?
湯崎 妻の両親が横浜から来てくれたのですが、全然知らない都市で車の運転は難しいので、僕がやっていました。
【育休を「宣言」することに意味がある】
安藤 政策的な狙いもあったわけですね?
湯崎 フルタイムで休んだわけではないし、(育休を取ると)言わなくても時間のやりくりは可能でした。だけど、やっぱり宣言することに意味があると思ったので、育休宣言自体が、政策的な狙いでした。
安藤 わかりやすいアドバルーンですよね。宣言後の周囲の反応はいかがですか? ご家族はどうでした?
湯崎 家族は、こんなに大騒ぎになると思っていなかったようです。
安藤 奥さんには最初に言われたのですか?
湯崎 「育休宣言をします」とは言っていなかったのですが、こういう形で育休をとろうと思っていると話しました。
その時の反応は、ありがたいというか、現実に困っていたので助かったという感じでした。最初は1か月間幼稚園を休ませようかという話もしていたのですが、それもかわいそうなので。
安藤 おじいちゃんおばあちゃんの反応はどうでした?
湯崎 よくわかっていないというか、男性が育休なんて取れるの?という感じでしたね。
安藤 我々も活動をしていて、育休を取ろうと思った時、職場は認めてくれたけど、家族が反対するというケースがわりとあります。
奥さんが、経済的な面や、夫のキャリアに傷がつくという不安から反対するケースや、おじいちゃんおばあちゃんの世代が、「そうはいっても男は働いていないとダメよ」とか「世間体が悪い」と言うことも、いまだにあります。
湯崎 妻の両親は横浜の人で、割と先進的な考えなので、その心配はなかったですね。
【育休宣言の反響とその後】
安藤 庁内の反応はいかがでしたか?
湯崎 庁内は、「ぜひ取ってください」という感じでした。私が勝手に決めていきなり宣言したわけではなくて、取るとしたらどういう形態が良いかや取得期間については相談して決めました。
安藤 計画通りに行ったという感じですか?
湯崎 そうですね。
安藤 周りの反応は、もうある程度おさまりました?
湯崎 今でも、「あれはよかったですね」と、お会いした方には言っていただいています。
さすがに面と向かって反対する方はいないです。面と向かって言う方はみなさん肯定的。印象としては、9割は肯定的な感じです。
安藤 文京区長は、総合的に考えると賛否は半々ぐらいとおっしゃっていました。お叱りのお手紙とかは来ませんでしたか?
湯崎 来ました、来ました。そうですね、行政に来た反応としては、反対の方が多かったです。秘書課はずいぶん大変だったと思います。
ただ、宣言当初は反対が多かったのですが、だんだん賛成が増えてきました。賛成の人は、育休を取ることが当たり前だと思っているから、わざわざ賛成とは言わないんでしょうね。(賛成と反対の)カルチャーギャップが極端だなと感じました。
安藤 以前、文京区長とも話していたのですが、首長が育休を取ることへのバッシングが、育休や育児をするイクメン全体へのバックラッシュ(反動)にならなければいいなと思っていたのですが。
湯崎 そうですね。それは私も気になっていたのですが、県民の声としては、(男性の育児に対する反対というよりも)公選している者としての責任感や危機管理を問う意見が主でした。
【知事の育休取得で、庁内の空気が変わった】
安藤 実際の効果として、庁内、県内の育休取得の伸び率はどうですか?
湯崎 「いきいきパパの育休奨励金制度」という中小企業向けの男性の育休取得支援をやっているのですが、それは、私の育休を機に倍増しました。それまでの6カ月間での申込みと同数が、2カ月間でありました。それでもまだ目標には達していないのですが、目に見える効果が出たと思っています。
庁内では、今年度は4人の育休取得者がおり、そのうち3人は、私の育休宣言以降です。空気が少し変わったことを実感しています。若手の職員とランチを一緒にとる機会を作っているのですが、その中で「今度子どもが産まれるんです」とか「産まれたんです」という話が出ると「(育休を)取った?取りなさい」と薦めています。
安藤 ほー、明らかに成果が出てますね。若手とランチミーティングして育休を薦めるのもナイスアイデア。日本の組織はトップダウンなので、そういうのは効きますよね。ぜひ続けてください! 実際今も幼稚園の送り迎えは続けていらっしゃるんですか?
湯崎 妻が運転できるようになったので、今はもうやっていないですね。
安藤 家族でいる時間が長くなったことで、ご自身の父親としての意識や行動に変化はありましたか?
湯崎 こう言うと、期待はずれかもしれないけれど、僕は前から結構(育児を)やっているので、そこに大きな変化はなかったです。ただ、やっぱり僕が見ていた子どもたちは、休日の子どもたちなんです。そこしか知らなかった。とくに真ん中の子の幼稚園の様子は全然知りませんでした。上の子が幼稚園の時は東京にいたのですが、幼稚園が近かったのでよく送って行っていました。
真ん中の子とは、はじめて制服を着て一緒に出掛けることになったわけです。妻からよく「環境変化について敏感だ」と聞いていたのですが、それまではその意味がよくわからなかった。それが、一緒に行くようになって、僕がお父さんで慣れている相手であるにもかかわらず、最初は少し戸惑っていたんです。こういうことが、環境変化に敏感ということか、とその時わかりました。でも送っているうちに慣れて、僕が送って行くのがすごく楽しみになってくれたようです。
【父親として、子どもたちに伝えたいこと】
安藤 逆に「最近、何で送ってくれないの?」と聞かれたりはしないですか?
湯崎 それはないですね。うちでは、よく言って聞かせるんです。「赤ちゃんが産まれたららお父さんが送って行くことになるからね」「○日までお父さんだよ」「今日が最後だからね」って。言うとちゃんと理解しますよ。
安藤 私もパパセミナーでよく言います。「忙しいから育児できない」というのは理由になっていないし、ママからするといつまで忙しいのかが分からないのがいちばん不安なんだと。だから知事のように、「○日までは忙しいけれど、これが終わったら保育園の送り迎えをやるよ」という風にするといいよ、とパパたちに教えています。情報がないのがいちばん不安になるので。それは教育方針というか、お子さんに対して心がけていらっしゃることですか?
湯崎 そうですね。よく説明をするということです。もっと小さいころから、2歳ぐらいでも言うと分かります。
安藤 ちゃんと受け止めますよね。第3子もそうして育てていきたいということですね。
家庭の中で、パパとしてこれは楽しんでいるということはありますか?
湯崎 私は何でもやりますよ。育児はね。家事は……妻は見ていて、効率が悪くてイライラするみたいですけど(笑)。子どもの世話は、妻が家事をやっている間に私が遊ぶという感じです。寝かしつけもします。昨日は割と早く帰ったので、お風呂に入れて、妻がお風呂に入っている間に抱っこして寝かしつけました。自分も寝ちゃいましたけど……。お風呂は兄弟みんなで入る時もあるし、別々の時もあります。
安藤 うちの娘はもう中1ですけど、いつ一緒にお風呂に入らなくなるかがずっと恐怖でした。僕の周囲では、風呂が別々になる時期の平均は小3の2学期ぐらいらしいですよ、女の子の場合。そういうのも期間限定なんだよって、パパたちには言っています。
湯崎 わが家では「年初の抱負」を家族で発表し合ったのですが、長男は「無駄な動きをしない」。これは妻によく注意されていることなんですけどね(笑)。その時、長女は、初めは何もないって言っていたのですが、何でもいいよっていうと、「お父さんにチュウすること」と。それでいいんですよね。「目標は?」なんて言うから難しく考えちゃっていた。
安藤 大人たちは子どもに「夢を持て」なんてよく言うけれど、それも言いすぎるとプレッシャーになりますよね。夢が破れた時にどうするのかを教えるのが父親だと私は思います。大人って夢に向かって邁進している子どもの姿がただ好きなだけだったりしますから。
湯崎 それよりも、もっと、好奇心を持たせるとか、好奇心を止めないというのが大事だと思いますね。
安藤 生きやすい、育ちやすい環境をどう作っていくかが大切ですね。最近の若い親たちは、育てよう育てようという意識が強すぎると思います。子どもを大物にしようとかね。子どもにとってはそれが逆にプレッシャーになっちゃうんじゃないかな。知事は3児のお父さんですが、どういう父親でありたいと思われますか。
湯崎 ひとつは、人生の指針を持てるようにしてやりたいですね。それには親として自分のやっていることや行動、言動が大きく影響してきます。家族や周りとの関わりの中で、自分なりの生き方を見つけられるような環境づくりをしていきたい。父親の生きる姿を見せて、自立的に物事を考えたり、生きる力を身につけられる子になってほしいと思います。
安藤 指示待ち人間は困っちゃいますよね。私もそういう父親でありたいと思います。それにはやっぱり父親自身が人生を楽しむことが大事です。人生というのは、もちろん仕事も子育ても含めてです。「笑っている父親を増やす」というのがファザーリング・ジャパンのミッション。そうやって人生を楽しんでいる大人が増えると、子どもたちも夢や希望を持てるようになると思うんです。
湯崎 子どもは、とても敏感で、大人のことをよく見ています。夫婦喧嘩をすると仲を取り持とうとしたりしますしね。
安藤 そう、子どもはとっても平和主義です。私自身を振り返っても、子どもの時はそうでした。親になるとつい、その気持ちを忘れてしまうんですね。
【パパが育児を楽しむために、ママにできること】
安藤 どんな夫婦でもけんかはありますよね。でも育休をとるぐらいだから、奥様との関係は良好でしょう。
湯崎 はい。いや、まぁ普通です(笑)。でもね、お父さんはトクなんです。とくにうちは専業主婦だから、お母さんといる時間が長いので、お父さんと過ごす時間は貴重です。怒り役は妻がやってくれるし、僕はあんまり怒らないようにしている。「いいとこどり」と言われたりしますね。
安藤 それはママたちの不満の一つかもしれないですね。知事は以前から育児をよくされていたということですが、パパが育児を楽しむためにママにできることはどんなことでしょう?
湯崎 「あまり怒らないで」ってことですかね。育児でも家事でも、やり方はそれぞれ違うので、あまり細かいことを気にしないでほしいですね。おおらかに、任せたら任せてしまうのがいいと思います。
安藤 夫婦は別の環境で育っているので、そもそもの生活カルチャーが違う。どちらかに合わせようとすると、疲れてしまいます。「違って当たり前」という共通認識を持てるといいですね。
湯崎 仕事がある分、どうしてもママより子どもと関わる時間が短くなる。ママほど慣れていないので、おおらかに見守ってほしいと思います。
安藤 子どもを叱るときのボーダーラインはありますか?
湯崎 私は基本的には、妻がいないところで叱るようにしていまます。わがままや自分勝手な行動は叱りますね。寝る時間とか、後片付けをしないなど生活習慣のことが多いですね。
安藤 思春期や反抗期に、父親の意見をちゃんと届けるには、乳幼児期の関わりによる、信頼関係が大事です。いきなり思春期になってパパが何か言いだしても「いまごろ何言ってんだよ、親父」となっちゃう。小さい頃の父子の関わりが思春期の問題を軽くするよって、新米パパたちにも言っています。息子なんて中学生くらいになったら、お母さんの手に負えなくなっちゃいますしね。
【広島は、子育ての支援も意識も遅れている】
安藤 ところで、県の支援策を色々見せてもらって、すごく本気度を感じました。幅広い子育て支援をされていますね。
湯崎 県外から引っ越してきて、最初、広島はやはり少し遅れているなと感じました。子育てに対する関心がまだ低い。子連れで外出をしている人に対して、ちょっとドアを持っていてあげるとか、お店の受け入れ方とか。そういうような些細なことも含めて少し冷たく感じます。
バリアフリー化も遅れていたので、今年度の事業として県内で3000カ所のバリアフリーを進めています。育児休業の取得率も含めて、相対的に意識がやっぱりまだ低いかなと思いますね。僕は東京しか知らないけれど、東京に比べても低いですね。広島では、休日でもベビーカーを押しているパパはほとんど見ない。今は出かけるのが少なくなっているので、選挙に出る前のことですが……。子どもを遊ばせる場に行っても、お父さんの姿は少なかったですね。
安藤 まだまだ育児は女性の仕事、男性はしなくていいという意識があるということですね。東京ではもう当たり前に、男性トイレにもおむつ替えシートがついていますからね。
湯崎 スキー場もそうです。県外だと子ども無料が多いでしょう。広島県内では、キャンペーンをしても、「子ども1000円」が精いっぱい。託児所も皆無です。今の小中学生の親たちはスキー世代なので、子どもと一緒に来られるようにすれば集客のチャンスなのに。そういうことをもっとやればいいなと思います。
安藤 子育て支援が経済的効果を生むというところまで、まだできていないということですね。「親育ち支援」もされていますよね? これはどういう意図ですか?
湯崎 これは、親を育てるというよりも、母親たちがグループになっていろんな話をしていく中で、自分の子育てを見直そうという講座です。学生に対するものもあって、それは子育て体験や子育て中の親と話す体験をすることで意識を高めようというものです。
安藤 ファザーリング・ジャパンでは、「父親学校」を東京で開催しています。保健所の「両親学級」というのがありますが、一回きりではなくて、産まれる前までに父親も育児にとって必要なことを総合的に学ぼうというものです。
湯崎 ぼくも両親学級は行きました。妊婦体験をしたり、お父さんの役割の話を聞いたり、参考になりました。
広島県では、今年度から「お父さん応援事業」として、父親の役割や人生における子育ての位置づけなどに気づき、仕事と子育てのバランスを考えるような企業内研修もしています。会社で行えば参加しやすいし、企業の意識も変えられます。みなさんいろんな気づきを得られるようです。
安藤 子育て支援で、今後やっていきたいことはありますか?
湯崎 施策を新たに増やすというよりは、今やっていることを充実させるのが第一です。「いきいきパパの育休奨励金制度」にしても、増えたとはいえ、まだ目標には達していません。
あとは、もっとフレキシブルな働き方ができるように推進していくこと。今は、子育て支援というと、育休もそうですが、乳幼児期が主体です。でも、共働きだと、小学校や中学校でも病気の時や早退時の対応が難しいのが現状です。ちょっと子どもを病院に連れていく2時間だけでも休めると全然違うわけです。そのために、フレックスの推進や時間給制度などを進めています。県庁内の制度はできているので、民間にも広がるように進めていきたいと思っています。
安藤 最後に、若いパパたちにメッセージをお願いします。
湯崎 肩ひじ張らずに、育児に関わってもらいたいと思います。社会的な目が気になるかもしれませんが、子育てはこれからの社会にとって大事なこと。社会貢献をしているんだから、周囲の圧力に負けず、「自分のやっていることは正しい」と自信を持って子育てをしていってください。
最近よく話すのですが、たとえば会社で休みをとるにしても、勤続20年のリフレッシュ休暇を1週間もらうのはOKなのに、なぜ育児で1週間休むのはダメなのか。極端な話、ケガをして1週間休むのは「仕方ない」ですむのに、育児はダメ。ケガは突然休むけれど、育児休業は事前に準備や引き継ぎもする。それでもダメだと言われるわけです。これは単純に価値観の違いですよね。
「1週間いなくなる」という結果は同じなのに、この原因において区別をしているのです。そこにみなさん気づいてほしいと思います。
育児が大事と言っておきながら、そういう風にしているのは、大事だと思っていないということですから。そこの事実をもっと、経営者は意識する必要があると思います。そのための啓発が必要です。
安藤 我々は経営者セミナーなどでは、育児ではなく介護の話をします。介護は男性でもOKだったりするのに、育児はダメというのもおかしいですから。
湯崎 介護休業の取得もまだ低いので、それも今後は考えていかないといけない課題だと思っています。
安藤 知事の育休取得で勇気をもらったパパがたくさんいると思います。イクメン知事として、これからも子育て支援を進めていってください。今日はどうもありがとうございました。
取材・文:さわらぎ ひろこ